2ちゃんねる(2ch)の削除依頼について解説

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ネットの中のワタシはどこの私かと2ちゃんねる(2ch)の削除依頼

      2013/05/29

お久しぶりです

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アーキテクチャが許してくれない「新しい私」の構築

90年代の終わり頃、ネットは明確なパブリックな空間だった。あの頃は企業も団体もHPから情報発信・提供するだけ。それこそweb1.0だった。ネットはあくまで個人の参加で作り上げられており、ある種ボランタリーな世界であった。そんなパブリックなインターネット空間への貢献意識のあらわれがフリーウェア文化やネットコミュニケーションの文化にはあったと思うが、それが機能していたのは2ちゃんねるまで。

そもそも私は2ちゃんねるを非常に高く評価している。あの場はある種、ネットという公共空間において私達のアイデンティティの在り方がどう変わっていくのかがひとつの答えだったのかなと思っている。

2ちゃんねるが素敵だったと思うのは、バックグラウンドにある現実世界の「自分」を一切排除した新しい参画の場を作り出したこと。そこに低いハードルで参画できることを保証した。論理性のある文章を書く必要性を排除し、「キボンヌ」「モナー」「ゴルァ」といった古い2ちゃん語は、その語さえ用いればなんとなくその場にふさわしい発言と認められる緩やかさを実現した。そして、2ちゃんねるに求められるコミュニケーション様式をコピペという形で広く伝えることも行われていた。コピペは、2ちゃんねるというコミュニティにおける伝承される神話と考えることもできる。

昔から人々はムラ社会の中で神話を口承して共有し、コミュニティの成員としての意識を高めていった。同様のことを過去の2ちゃんねるのコピペに見出すことができる。コピペの中にコミュニティにおける規範意識が明確に示されているのだ。アスキーアートで描かれた「チラシの裏にでも書け」という自分語りへの警告や、fusianasanのコピペによるネット上のリスクの啓発等々。それはコミュニティにおけるリスクや忌避すべき態度をコピペの形で伝播させ、集団の成員となるためのハードルを下げるものだった。

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